養育費をもらうと決めるのに10年かかりました③~焦りと自己肯定感~

このお話は私の友人の話であり、本人の希望により掲載しています。プライバシーを守るためあいまいな表現を使うこともありますが、ご了承ください)

養育費をもらう養育費をもらうと決めるのに10年かかりました②~登校拒否と親子の心の痛み〜の続きです)

前回Aさんと話をしてから一週間ほど経ちました。

Aさんは自分から助けを求めるタイプではなく、自分の中だけで何とか消化しようとする方なので、私から連絡をしたときのお話です。

+++親の焦りと自己肯定感+++

成:「Aさん、その後どう?息子くんの様子に変化はあった?」

「あいかわらず息子は学校に行けてないよ。勉強をしても内容が頭を素通りしていくんだって。その状態がつらいらしくて。学校はよくしてくれて、リモート授業をセッティングしてくれているんだけどね」
「過睡眠?みたいな状態で、一日中寝てる。朝、カーテンを開けたり水を飲ませたり、私ができることはしてるつもりなんだけどね」
「息子がどんどん痩せていくのがつらい…」

成:「・・つらいね。Aさんは大丈夫?いつもの日常をおくるのは大変じゃない?」

「まあ、ね。私が落ち込んでも仕方ないし、今できることをするしかないとわかってるんだけど、平気じゃない日もある」

成:「周りを心配させたくないと思うと、いつも通り振る舞おうとがんばっちゃうよね」

「こんな時だから冷静でいたいのだけど、最悪な事態を考えてしまったり、手がふるえたりもするの。仕事でも細かなミスが出てしまって」

成:「それだけ息子くんのことで心を痛めているってことだよね。いつも通りじゃないことを責めないでね。日常生活で頼れる人はいる?」

「調停とか子供の学校のことで早退することが多くなるから、会社の社長には現状伝えているよ。ほかにも話せる人には話すようにしてる」
「『今日声がおかしいけど大丈夫ですか?』って声をかけてくれる人もいて、自分はいつも通りではないと気付くし、見ていてくれている人がいるんだなって涙がでる…」

成:「Aさんは普段から周りといい関係を築いているんだね。信頼できる人がいて、つらいことをそれぞれに少しずつ出せるのは、とてもいいと思うよ」

自分に許したことしか、人に対しても許すことはできず、許せない気持ちは怒りを生むというループになることがあります。

Aさんが誰かに頼れるということは、息子くんが誰かを頼りたい気持ちも受け入れてあげられるということなのだと思います。

「だけど息子のことはぜんぜんわからない。傷ついたのはわかったけど、それを理由に学校へ行かなかったら、結局息子が将来的に回り道になるだけなのに」

成:「近くで見守る側としては、子供に楽な道を歩いてほしいね」

「それに…。何にもしたくないって息子は言うけど、私だって何もしたくないことはあるよ。でも、自分の将来を犠牲にするほどのことなの?って。誰だって嫌なことはどこでも起こるよね。そのたびに逃げることはできないのに‥。甘えじゃない??って思ってしまう」

成:「私も自分の子供に対しては同じように思うよ。甘えてばかりだと置いていかれる、最低限のことはやってよって」
成:「だけど、今までやってきたことができなくなってしまう子って、素直だったり優しかったり、真面目だったりいい子が多いのかも」
成:「疑問をもって立ち止まれる子は自分の感情を感じられる子だと思うから、人の気持ちもくみ取れたり、待つことができる特性があるんじゃないかな」

「そんな特性いらないから、やりたいことに集中して進んでほしいよ。自分の未来をドブに捨てているようにしか見えない」

親としてはそう思いますよね。
息子くんに腹を立てているというよりは、どうすることもできず、Aさんは自分に腹を立てているように見えました。

ですが親がどんなに気をもんで、お膳立てをしたところで、その枠の中にずっといることはできません。
親に用意してもらった道、それが本人にとって良いことかどうか、今知ることもできません。

自分で選ぶからこそ、人のせいにはできず、失敗を経験することができる。
誰かに選んでもらった経験は、成功をしても失敗をしても自分のもののようには感じにくいのではないでしょうか。

たとえうまくいかなくても、自分主体で行ったことは、自分主体で修正することも可能ですし、うまくいかない経験をするからこそ成功したときに自信を持つことができるのかもしれません。

成:「子供ががんばっていないように見える、それね、すっごいわかる。自分が今までがんばってきた人ほどそう感じると思う」
成:「自分の子供時代と比べると、息子くんの現状はそんな限界ではないように見えるかもしれないけど。親である自分と比べてもいいことはないよ」
成:「子供は親のつらさや痛みを無意識に受け入れようとすることが多いし。たとえ子供自身がいっぱいいっぱいでも、何とか親のためにと思ってしまう。私たちが子供の時もそうだったよね」
成:「親を喜ばせたい、手助けをしたいという気持ちを持っているから、わかってもらえなくて腹を立てたり反抗したり距離を取るけれど。子供なりにがんばってきたのに、がんばりが足りないなんて言われたら悲しいかな」

「・・じゃあ、がんばってるねってほめたらいいの?」

成:「息子くんは今、『学校に行けていない自分』を自分で責めているから、ほめても受け入れられないかもしれない。でも、がんばってきたんだなっていう視点は必要だと思う」
成:「子供ががんばっていないように見えるのは、もしかしたらAさんが自分を責めているからかもしれないね。自分はまだまだ努力が足りないと感じていると、周りにも同じ基準を当てはめてしまうし」
成:「Aさんは子育ても仕事もがんばってきたよ。そろそろ認めて受け取ることが必要なんじゃないかな」

「私なんかよりもっと大変な状況で、がんばっている人もいる…」

成:「いるかもしれないけど、だからってAさんが大変じゃないことにはならないよ」
成:「でもこうやって思っていることを話してくれるのはうれしい!Aさんが受け取れないときは、私が受け取って預かっておくね。会うたびお届けする~」


不安・焦りだらけのときに、自分の価値を受け取ることはとても難しいと思います。

けれど難しいからこそ、自分には価値があるという視点が心に与える影響は大きいことを、私自身が実感してきました。

無理やり受け取らなければいけないのではなく、受け取りたいと思い続けることが大事ですし、そのために自分の価値を伝えてくれる存在も必要ではないでしょうか。

「そうだ、調停の日程が決まったの。長引くのか、調停から審判になるのか予想もつかないけど、息子の気持ちにもいい変化が起こってくれたらいいんだけど」

成:「うん。Aさんも自分の気持ちを抑え込まないで、息子くんに話せないことは私も聴くからね」

次にAさんと話ができたのは、調停の翌日のことでした。

(養育費をもらうと決めるのに10年かかりました④へ続きます)

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